神社の真実 国家神道の浸透と終焉 2013年4月26日

神社仏閣ガイド神社は国家の宗祀として、仏教やキリスト教など一般の宗教とは別桁扱いとなり、内務省が管轄することになった。神道は宗教ではなく、あくまでも宗教を超えた、民族の伝統精神の根幹として位置づけられたわけだ。この考え方は帝国憲法や教育勅語の精神とあいまって、国民に広く深く浸透することになった。
明治以降の神道の特徴としては、まず、国家の宗祀としての制度が、過去にないほど組織的に整備発展をとげたことである。次に明治神寓、平安神宮、橿原神宮、湊川神社、吉野神宮、靖国神社など、天皇や忠臣や英霊などを祀る、格式のきわめて高い神社が創建され、国民に対する忠君愛国の念の奨励が進められたことがあげられる。
それらは「八紘一宇」という戦時中のキーワードと連動して、日本の世界への雄飛、世界戦略という観点からも重要な要素となった。
だが、国家神道の決定的な破局が訪れた。すなわち第二次世界大戦の敗戦である。
1945年(昭和20年)、連介国最鳥指令部(GHQ)は、これまでの国家神道の息の根を止める「神道指令」を出した。その内容は、旧家と神道の完令な分離を実施したことだった。

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